朝食の列に並んでいるとき、わたしは陰鬱な気持ちを忘れ、〝北の腕〟のアイルランド人と冗談を言い合った。この男はいつも騒ぎばかり起こす問題児で、古参者だ。 わたしたちは、女たちの気を引こうと、卑猥な歌を歌って騒ぐ。それがわたしたちのように居住している女性であろうと、あるいはわたしたちの世話をしてくれる、肌の色がエボニーのように濃く、頭に赤い星のついたベレー帽を被った二十歳そこそこの陽気な娘たちであれ、そんなことはどうでもよかった。 〝女性〟とは〝命〟を意味し、命のわずかなわたしたちにとって、それはすべてだった。 懲罰処分にするぞと、〝称賛すべきジャクソン同志〟の猟犬どもにこっぴどく怒鳴られる。ジャクソンは、その日はどうにも機嫌が悪かったようだ。 「気をつけろ!」 わたしはため息をつく。なんてつまらならい人間なんだ、この島の住人は、と思った。真逆の世界だ。ふざけているのは若者ではなく年寄りだ。いつからこんなことになってしまったのだろう? もちろん、〝変革〟からだ。 わたしの番が回ってきて、腎臓の薬やその他もろもろが入った、いつものトレイを受け取り、施設のスタッフのなかで一番気に入っているヨハンナにウインクをした。 彼女はチョコレート色の肌に輝くような笑顔で応える。これほど魅惑的な神の創造物は見たことがない。実際、わたしは毎朝お決まりの茶番が始まるのを待ちながら、友人たちの隣に腰を下ろした。胸の奥ではそわそわと落ち着かず、彼女と一緒に、椰子の木に囲まれた浜辺で別の人生を生きる夢を見ていたのだ。 〝称賛すべきジャクソン同志〟は、制服姿に、ミラーサングラスをかけて、ようやく舞台に登場した。マイクの前に立つと、壁の時計と自分の腕時計を見比べる。それはキューバの親しい友人からの贈り物で、レーニンの肖像が刻まれているものだ。七時ちょうどの鐘の音とともに、手を挙げると、わたしたちは一斉に立ち上がり、旗に向かって敬礼をする。そして、食堂のスピーカーからかすかな雑音と一緒に聞えてきた国歌〝社会主義のこの地を讃えよ〟を歌う。 お決まりの拍手が湧き起こり、ジャクソン同志が挨拶を終えると、わたしたちは席に着き、食事を始める。 ソレンセンは、北朝鮮から輸入された新しいチェリージャムを疑わしい目で眺めている。 「コバルト塩のせいでこんなに赤いのかもしれないぞ……」 「うるさいぞ、ソレンセン!」とわたしは言った。「何も考えずに食べればいいんだ」 ソレンセンは一年前から施設にいるが、重金属に関してはかなり神経質だった。ラベルで食品の成分をいちいち確認するような男だ。いつも気難しい顔をして、あらゆるところに問題を見つけ、腫瘍の可能性や発がん性物質を探していた。あれほどの悲惨な経験をしてきたのだ。こうなったのも当然のことかもしれない。 そこでの話は予想どおり、シスが前日に発表したこと、つまりアルファ警告に関することから始まり、すでにいくつかは間接的な確証が得られているようだったので、わたしは、加わらなかった。 それにしても、わたしたちの生活を支えていた仮想通貨が投機的な攻撃の対象となっているという経済ニュースを聞いて以来、わたしたちの間では互いに不安を煽るのが常になっていた。まるで〝年寄りの習性〟であるかのように。 一方、わたしは、ふたつ向こうのテーブルのジーナを見つめる。いつもポーランド人の女ふたりと口げんかをしている。 わたしは、午前中インストラクターの脚を眺めるためだけに参加した、ジムが終わったら、ジーナを訪ねることにした。ポーランド人の女たちは、衛星放送のテレビドラマを見るので、その間はそこにいないことはわかっている。 ジーナはアーティストだ。正確にいうと画家だ。当然ながら、そんなことはだれにも理解されない。 何より、若者が崇める乳房がふたつある。 老いらくの官能の残滓ざんしに浸っていたので、わたしは〝称賛すべきジャクソン同志〟が今日にも指導部から重大な発表があると拡声器で発表していたのに、ほとんど気づいていなかった。それはまさに恐れていたことだった。 「同志たち、わが友よ、アルファ優先警告が発令された。そうなのだ。だから気を付けて、決まりを守ってほしい。それは、時期がきたら、通知されることになっている。革命万歳!」 この出来事は、騒ぎを引き起こし、不安が広がった。 「おれの言ったとおりだろ?」トーストにコバルトジャムを塗りながら、シスが言う。その確証を得ることに躍起になっていたのだ。 「それじゃ、本当だったんだ」とソレンセンは落胆する。 哀れなソレンセン。他の多くの人と同じように、それが重大なことだと気が付いていた。 それに、彼はわたしたちのような老人ではないので、諦めの境地に立つことはできなかった。つまり、その年齢に達したからオレンジ市民になったわけではなかったのだ。 まだ五十二歳で、化学薬品の処理会社が倒産したために、この施設にいる。 保険会社は彼に過失があるとし、保険金を支払わなかった。彼は、三日のうちにグリーン市民からイエロー市民へ、そしてイエロー市民からオレンジ市民へと降格した。さらに労働連邦銀行に保証金として預けていた資金を、六年間に限って支給されるビットコイン年金に交換させられた。そしてそれは、年金を受け入れている唯一の協定施設でしか使うことができなかった。その施設は、栄光のタークス・カイコス民主主義人民共和国の領海内にある。 わたしは彼の目を見つめ、そこに彼の未来を垣間見た。それは、わたしのと、たいして変わりはなかった。
Rinaldi Cremisi (続く)
訳:高野 由美(たかの ゆみ / Yumi Takano)