一晩中眠れず、永遠に続くのかと思われるような長い小便をしてから、わたしは部屋を出た。ずっと膝が痛かったので、一台だけ動いているエレベーターに乗り、ソーシャルセンターの階で降りる。 欧州にいる娘のクレアに電話をしようかと考えていた。 昼間は施設の〝歓楽街〟の中心であったその娯楽室は、その時間は薄暗く、幽霊でも出そうな場所で、しかも乱雑に物が散らかっていた。床にはモノポリーの家やホテルが並び、おもちゃのお札も散乱していた。壁に掛かったアナログテレビはまだついていて、砂嵐が流れている。どのキャビンも空っぽで、暗くて不気味だ。 わたしはそのうちのひとつに入り、明かりを点けた。ひどい音を立ててファンが回る古いパソコンが起動するのを辛抱強く待っている間、だれかが壁に描いた、細部に至るまで緻密に表現された猥褻画をしみじみと眺める。 ビデオの横には、女子トイレで入れ歯が見つかったとボールペンで書かれた黄色い付箋が貼ってあった。日付は一年前のものだ。 クレアはいつものようにモードコムには出なかったので、家にもかけてみた。 孫のオーラは、『変化の法則』に関する宿題をやっているところだからと言って、さっさと電話を切り上げたがっている。 「元気だったかい?」 「まあね。月曜日に試験があるの。今度は受からなくちゃいけないから」 「ちゃんと勉強して、合格するんだぞ。ヘマはするなよ」 オーラは一度、試験に落ちている。もし今度も失敗したら、厳しい処罰が待っているだろう。まだ十六歳なのに、わたしと同じような施設に入れられてしまうかもしれない。 「大丈夫だよ、おじいちゃん。自分の衰退過程エントロピーはちゃんとコントロールできてるから」 その一言がわたしの暗い記憶を呼び起したが、無視しようと務める。 「ママはどうした?」 オーラは肩をすくめる。 「ふたりの夫と新しい妻と一緒に出かけたよ。家族再編の講習を受けに行ったんだと思う。税金のことで、なんか控除されるとか、そういうことみたいよ」 わたしは呆気にとられた。 「いつからママにも奥さんができたんだ?」 「ちょっと前だよ。期間限定だから、わたしもよくわかんない」 孫の言葉にわたしは不安を感じた。その不安は、普通の不安以上のものだった。残念ながら、わたしの血を引く果実は、ろくでもないものだったようだ。 わたしはため息をついた。 「じいちゃんから電話があったと伝えてくれるかい? それから……」 躊躇する。 「なに?」 「いや、なんでもない。よろしく言ってくれ、それだけだ。試験、がんばるんだぞ。結果は知らせてくれ。ときどき電話するけど、お前もかけてくれよ。いいか、わかったか!」 「わかった」 そして電話を切った。オーラがわたしに電話をかけてくることはきっとないだろう。連邦では、時間の浪費は衰退過程エントロピーであると考えられていたから。
Rinaldi Cremisi (続く)
訳:高野 由美(たかの ゆみ / Yumi Takano)