イタリア語の未翻訳書籍を紹介するコーナー(後に小社から発行となっている作品もございます) 『世の終わりの真珠』 ルカ・マサーリ / イタリアの本棚 第14回


『世の終わりの真珠』 ルカ・マサーリ / イタリアの本棚 第14回
14.Luca Masali, La perla alla fine del mondo (Mondadori,1999/Sironi, 2007/Delos Books, 2010)

ルカ・マサーリ著『時鐘の翼』(原題『I Biplani di D'Annunzio(ダヌンツィオの複葉機)』)の発行が間近に迫っているということで、今回はマサーリの長編第2作『世の終わりの真珠』をご紹介。

1924年春、モナコ、モンテカルロのカジノ。ルイ・ルノーに挑発されたアンドレ・シトロエンはある冒険に挑むことになる。それは10日間でサハラ砂漠を車で横断するというものだった。シトロエンが急遽クルーに選んだのは、ちょうどそのときカジノにいた三人。バーテンダーのラウル、ダンサーのコリーヌ、そしてバーテンダー見習いとして働いていた元飛行士マッテオ・カンピーニだ。はじめは断るつもりだったマッテオも、なし崩しにこの冒険に参加することになってしまう。使用する車は、無限軌道設置型のシトロエンB2、通称〈黄金虫〉。後輪の代わりに無限軌道がつけられ、砂上でも問題なく走ることができるのだ。こうして4人はモンテカルロを旅立った。

砂漠横断は順調にはいかなかった。それは過酷な自然環境のせいだけではない。シトロエンとラウル組、マッテオとコリーヌ組に分かれて2台の〈黄金虫〉に分乗していた彼らは謎の武装集団の襲撃を受け、互いに連絡が取れなくなってしまう。しかもシトロエンとラウル組は敵に捕まり、アジトである巨大な洞窟に連れて行かれてしまった。いったいこの集団は何者なのか? シトロエンは洞窟の奥にある地下湖のほとりで行なわれている妖しげな儀式を目の当たりにする。一方、マッテオとコリーヌはなんとか難をのがれ、シトロエンたちの救助へと向かう。

遥か未来。君臨する第二オスマン帝国。その圧政に対し、イスラム教シーア派の〈テトラーデ〉とイスラム僧兵集団〈サイバー・デルヴィッシュ〉が抵抗運動を行っていた。そして発見された12イマームの「遺体」。これを巡って三つ巴の戦いが起こる。イマームとはシーア派の最高指導者の称号。12イマームとは12番目のイマームを指し、西暦888年に姿を消したが、世の終わりに再び現れるとされる伝説のイマームだ。砂漠の廃墟で発掘した希少品を売りさばいて日銭を稼いでいたマナートは、第二オスマン帝国の巨大殺戮兵器〈カラーム〉に襲われるが、危うく難を逃れ、〈サイバー・デルヴィッシュ〉と行動を共にすることになる。だが砂漠の僧院を〈カラーム〉が襲う。狙いはマナートだった。マナートは、12イマームに関わる第二オスマン帝国の秘密の計画にとってどうしても必要な存在だったのだ。崩壊する僧院を密かに脱出したマナートと僧イスラフィルは過去へ、1924年へと向かう。遥か古代の車、〈黄金虫〉に乗って。

1924年と遠い未来の出来事が交互に描かれながら、少しずつ事態の核心に近づいていき、ついに登場人物たちは1924年の砂漠に集結、マッテオたちを巻き込んで、最後の争いが繰り広げられる。事件の中心には不死の12イマーム、そして太古から生き続けている謎の巨大二枚貝があった……。

前作『時鐘の翼』では航空機に対するこだわりを見せていたが、今回は自動車が主役並みの存在感を示す。ルノーもシトロエンもあの有名な自動車会社の創業者、実在の人物だ。実際にシトロエンは何度か自動車による砂漠横断の冒険を試みているが(無限軌道をつけたシトロエンB2も実際に使用されている)、本書はそんな歴史的な事実を元にした、不死の存在を巡って二つの時代の登場人物たちが入り乱れる冒険SFだ。イスラム教の諸要素や用語が満載だが、たいてい登場人物による解説付きなのでイスラム教の知識がなくても問題ない。自動車、イスラム教、砂漠、洞窟、異端信仰、おぞましい儀式、妖しげな生物、不死の存在、時間旅行、さまざまな要素を詰め込みつつも、かなり正統的な秘境冒険譚に仕上がっている。細部へのこだわりに対して大筋はかなりシンプルだ。巨大殺戮機械〈カラーム〉に立ち向かう〈サイバー・デルヴィッシュ〉の僧たちがイスラム教ならではの戦法を用いていてなかなか面白かったのだけれど、このマシン、舞台が1924年に移ってからは登場しないのでちょっと残念。

『世の終わりの真珠』は、1999年にSF雑誌『Urania』の特別号として発行、2007年にはSironi社で単行本化。その後Delos Booksから電子書籍として発行された。またスペインとフランスでは翻訳が刊行済み。本書は一応『時鐘の翼』の続編にあたるが、完全に独立したひとつの作品として楽しめる。さらにシリーズ3作目として中短編集『La balena del cielo(空の鯨)』が同じくSiloni社から刊行された(本書と同様、すでにDelos Booksから電子書籍も刊行されている)。

ルカ・マサーリ『世の終わりの真珠』
Luca Masali, La perla alla fine del mondo
(Mondadori,1999/Sironi, 2007/Delos Books, 2010)
 ~ルカ・マサーリ 『世の終わりの真珠』~

イタリアの本棚 第14回
2013-07-12